R&B-Time的理論
[2002/01]

真夜中に真っ暗にしてヘッドホンで音楽を聴いている訳ですが、その結論として浮かび上がったイメージによって、適当に答えちゃおうというコーナーです。個人的な理論なので、あまり参考にならないと思いますが(汗



    
1.歌が上手いとはどういう事か?
「密度を変えれる事」というのが、今の自分の実感に1番近い。自身の感情を空間にガンガンに詰めこむのも、空間からガンガンに抜いていく事も出来る印象。特に、ガンガンに詰め込まれた空間が耐え切れずに膨れる瞬間が見えると、この歌手はマジモン上手いなぁ、、、と思う。

もちろん、「複雑に大幅に変化する音程を外さない事」が一般的なウマさだとは思うけど、客観的に言えない歌のウマさというのは、「密度を変えれる事」だと思いマス。けど、やっぱり詰めこむ方が楽だね。抜くといっても、ありきたりの結論に辿り着いたりして、どうしても実感が弱くなるから。エゴを抜いて光だけに出来る人がいるというならぜひとも聴きたいぞ。普通は無害な標語になるから。

空間は第3者的で客観的なモノだから、詰めこもうとしても、「それは君だけの話だろ」と拒否するのだが、それでもガンガンにやると、ある点をもって空間が堪え切れずに膨れる。その瞬間に歌手は自身の事だけの話でなく、多数性を獲得できるのだと、何となく思う。もっと突き詰めると、膨れる直前の割れ目かな?個人的には、その割れ目を突き詰めたいんだよね。そしたら、その先にいけると思うから。

カラオケで歌われる事を前提にするのもアリだとは思うけど、そういった曲の中に詰めこむ事も不可能では無いと思うけど、基本的なウマさは必要なのだし、それを生かす曲というのは大事だと思う。技術的なものは、それだけでも弱いが、それが無いと始らないと思うから。

そんな意味では、ちょっと耳にするだけの日本人の中では、吉田美和は上手いと思う。ただなぁ、、あの健康的過ぎるスマイルが膨れ上がった空間のいたる所に漂っている印象で、「手を差し出したくなる雰囲気がない」と思っちゃう。感情を詰めこむにしても、こちらが怖くなるようなレベルじゃない。(って聴いてない曲が多いのかな?彼女のお勧め曲がある人はぜひともメールください、かなりDEEPなのがいいなぁ)

だから、ここら辺をイメージ的に述べると
  • ガンガン詰めこむ時は、怖いから離れたいけど、、「怖いもの見たさ」から、どうしても、遠目にチラチラ見てしまう感覚
  • その果てに広がった空間は、広がった分だけ「結局、これは自身の話なのだ」という寂しさで埋められて、(自分で詰めこむくせに、広がったらそおいう態度をとる所が、ある意味セコイのだが) こちらは、ふっと近寄ってしまうような感覚
男や女に限らず、本当に魅力的な人はこれが出来るのだと思う。歌手だけじゃなく。自分が求めているのもそんなモノかな?? まあモニカは密度を変えるのは出来るけど、膨れ上がった空間に色気の有る寂しさを詰め込むのは出来ないね。

と、まあ偉そうな事を言っていますが、皆さんもイメージできたかなぁ、、うーん。
そもそも、この文章に意味があるのかどうかが謎なのですが。
予想通りの脱線文章だが、吉田美和アメリカ進出の果ての曲は結構聴きたいです。
オレッチの個人的な歌のウマさについてはこちら
    
2.バックコーラスとは何か?
R&B−Timeで、歌手に重ねていくと、「あーこのバックコーラスは幸せ」と思える時がある。やっぱり、「幸せ」と思える瞬間が。すると、その直後に歌手の声がもう一段伸びるからなぁ、、、、それを感じるのはかなりの楽しみ。もちろん、歌手がバックコーラスをリードするのが大前提なんだけどね。

歌手が外向きになった時にダイレクトに反応して、内向きになった時に見守るように声を入れてくれると、ホントにイイ関係を築いてると思う。それはもちろんグループの方が上だけど、ソロ・シンガーとバックコーラスの息が合った時の方が、稀な分だけ光り輝く気がする。そんなんでは、個人的には久保田とCarl Thomasなんかがお勧めだと思いう。

イメージ的に述べると、
「横ベクトル」ですね。歌手ってのは、《空を飛びたい》と仮定します。だから志向性は上を向くけど、「人は空を飛べません」という冷酷な事実の下で、一生懸命背伸びしてるイメージ(笑 けど、竹とんぼを飛ばすには、横に力を加えるよね? 結局バックコーラスの存在意義というのは、横ベクトルの気がする今日この頃。もちろんアーティストを支える方向性というのも大事だけど、それなら1人が多重録音すればいいと思う。やっぱり、別々の人間であるかぎり、志向性が違う方が当たった時に化けると思うから。

粘土から綺麗な壷を作るにしても、大事なのはロクロじゃん。それが無かったら、均等な壷は出来ないよ。という事で、横キックと思う今日この頃っす。

日本の某アイドルのコーラスを聴くと、「芋虫の行進」とどうしても思ちゃう。「それなら1人でやれ」と文句の100個でもつけたくなる。「君はライオン、君は鷹というのが大事なんだぞ。ほら頑張って」かな?


うーんこのコーナーは気楽書いたら精神年齢が下がってるなァ、、、
[2001/12/16]

どうも適当なコメントばっかりですみません。やっぱりバックコーラスが支える方向性も大事だね。上の文章書いた後に、MaryJ.の"My Life"とBoyzIIMenのクリスマスアルバムを追っかけて、より実感しました。これらのアルバムはバックコーラスの支えを受けて、初めて絞りだせる悲しみが作品のハイライトだと思うから。

もちろん、せっかく支えを受けたのに、安住して終わりってのが1番嫌いだけどね。それ位なら横キックの方がよっぽどマシだけど。けど、そういえばバックコーラスと喧嘩腰のリードって余り無いなぁ。一辺聴いてみたいぞ。「あんな女さっさと辞めちまえ」「うっせー、そんなの分ってるけど、でも好きなんだよ」で喧嘩しあう曲って結構見てみたいなぁ。個人的にはいつも客観と主観の間で衝突してるからかな。 
Tommy Simsのあの曲からは、この感覚を受けるけど、あれは音であって、バックコーラスじゃないもんね。
   
3.R&Bの特性は?
やっぱり両義性,表現幅の広さだと思うんだよなぁ、、、周囲は狭い世界にハマっていると思うだろうけど、実際浸かってみると、思った以上に広い。何より両義性を抱え込んでいる所が好きだと思う。だからこその、Play&Pray,Sweet&Swearなんだしね。「遊ぶ」だけの奴はアホだと思うし、「お祈り」するだけの奴には、一辺F***ingしろと思うもんなぁ、、「お祈りするようにF***ingして、F***ingしたいとお祈りする」のが最高!!と思うのは俺だけか??


そんな意味では、サザン・オールスターズが1番近いと昔から思ってきたし、今でも思う。表現幅の広さでいうと。けど、残念ながら、両義性を感じさせる曲とは出会った事がない。PlayはPlayでSwearはSwearで接点が無いと思っちゃう。って本国にもそこまで、達成出来てるアーティストは少ないけどね。

もし自分がR&Bに出会わなかったら?という設問を立てた事がある。結論は、ミスチルとイエローモンキーを好きになっていただろうという結論になりました。けど、Jodeci,Silk,BoyzIIMen,Shaiの4グループはやっぱり、幅の広さとしても、コーラスワークとしても、歌のウマさとしても、メロディーラインとしても、文句無しだった。彼らを中学時代に聴けたのは密かな誇りだからなぁ、、、ってこっちは4グループも出して、フェアじゃないと言われそうだが。

後、大事なことは、「シンプルに構築する事、音を詰め込まない事」かな。よくロック系のバラードだと、お決まりのピアノが付いて、手取り足取りボーカルをひっぱり、叫ぶ所では「ガーん」と和音鳴らしてくれるけど、アレ見る度にため息の一つさえ出なくなる。「てめーは、1人でシャウトも出来ないのか(怒)」って思うもん。それに単純なんだよね、「おててつないで」みたいな展開が。カラオケじゃ歌い易いと思うけど。

最小限の音で構築し、ボーカルの声が自由自在に泳げるスペースを確保する事は、間違い無くR&Bの必須です。削ってなんぼの世界という事かな、、やっぱり。


R&B系の音楽とロック系の音楽の一番の違いがエレキギターだと思う。ベースやドラムは被らないけど、エレキギターはボーカルの音域と被るんだよね。その音のぶつかり合いがきっとロック系の醍醐味だと思うのだけど、なんか生まれつき嫌いだった。それは「本当に大事な事は小さな声で語られる。大きい声で言える間はまだ大丈夫だ」って村上春樹の小説の中の一文に完全同意するからかな。だからこそ、ボーカルの声を邪魔しないだけのスペースが必要なんだよね。
ガツンと吼えた後に、こぼれるように出てくる声が、ずっとずっと好きだった。

R&Bでもエレキを使ってる曲もあるけど、かなり稀です。そんな曲も前奏や間奏時に出番があるだけで、ボーカルが歌っている時は殆ど出番が無い。そこら辺が大きな違いですね。


4.結局、R&B-Timeで何をしたいのか?
わざわざ、真夜中にヘッドフォンをするようになった理由は色々あります。「CDラジカセがヘボイ。けど12年間使っているので愛着があって買い直せない」「大音量で聴くと、文句を言われる」「入院中はCDウォークマンしか選択できなかった」とか、色々と。

けど結局は、「瞼に情景が浮かぶ」だと思う。って、受動的に流して、情景が浮かぶ曲なんて、それこそ一年に一曲有るか無いかだから、自分は「能動的に情景を浮かべようとしている」という事かなぁ。そんな事をする意味があるのか?と言われそうだが、これが色々応用できるの! としておきます。

もちろん、歌手の歌う表情ですね、瞼に思い浮かべるのは。だから、以前、
「イメージ的には「一つの光源から生みだされる光の反射と影と微妙な揺れ」だと。その作品を届けるにあたってのシーンの状況、それまでの作品との対比、アルバムの中での曲の位置付け。
それらが時には影を生んだり、反射を生んだり、水紋のような揺れ具合を生じながら、結果として届いてくると。もちろん、1番外の枠組みにはR&B自体が置かれた状況も存在するしね。何もかも吹っ切れたようなストレートな光としての作品もあれば、それらが織り成す微妙な感覚がナイスな作品もある。」

と書いたけど、こんな小難しい事を考えている訳ではありません。頭の中では表情を描いているだけです。ちょっと格好つけただけです、すみません(汗 実際、頭の中でも小難しい人は、「暗記」してるだけだと思うしね。

ただ、間違っても「正面顔」ではありません。「横顔」です。正面顔ってのは、相手の自分に対する心情が出る訳なのだが、「そんなの有る訳ねーだろ(怒)」と思うもん。だからこそ横顔ですね。「ここで上向き、ここで俯き」という様な、角度に注目してるのかなぁ。 後、視線がポイント。結局、それを掴まえたら、同じ視線が出せると思うしね。それが1番欲しいのかな、俺は?

受話器の前で頭を下げる人

「ねえねぇ、パパ/ママ、あの人おかしな事をしてるよ」と、それを見た幼い子は聞くでしょう。その時、どう答えます? 「うん、バカだよね、見える訳ないのにね」とはさすがに答えないと思うなぁ、、、結局、見えなくても、「その気持ちは声に載る」と何処かで信じてるのだと。これが自分のいう「声の表情」かなぁ、やっぱり。

「じゃあ、私が今度テストしてあげる、頭下げてるかどうか当ててみて」とか糞ったれな質問をする子供は殴っておきましょうw 「頭を下げるかどうかなんて、分かる訳ねーだろ(怒)」 物理的に下げているかどうかなんて、分りません。けど、心情的には分ると思うな。

「好きなんだ」といっても、「一発やりたい」かもしれないし、「嫌いなんだ」と言っても、「状況的に離れていなくちゃいけなくなった」かもしれないしね。「素直に聞く必要が有る時もあれば、怒り返す事が必要な時もある」って思うから。いつでもYesを言うのが愛じゃないでしょう。だってMaryJ.とK-ciのNot Lookin'聴いてよ。あれほど歌詞と心情が分裂してるのも珍しいぞ。しょっぱなからI'm not tryin' to fall in love with youと歌うけど、K-ciの言葉のなかで1番だぜ、この表情は。ここでのwith youで、彼がどれだけ反省してるか、やり直したがっているか一目瞭然じゃん。これが分らん奴は闇夜を彷徨うようなもんだと思うな。

R&Bを言うと、歌詞がどうこう言われるけど、大事なのは歌詞じゃなくて、声の表情とそれを支える音とバックコーラスだろん。言葉はもちろん大事だけど、言葉だけじゃどーしても無理な面もあるし、、嫌でも来る明日もあれば、なかなか過ぎない今もあるんだしさ。 

こんな感じかなぁ、、、だから、現時点では、会って話すより電話で声だけ聴いた方が色々分る。会うと情報量多すぎて、自身の欲しい面をどうしても探してしまうし、そんな面もゼロではないから、始末に負えない。大事なのは、メインが何かなのにねぇ、、そこにピントを合わせちゃうもんなぁ、、人って。その点で、声はそんなに多くは載らないから信用できると思うや。

それに「真に分れば出せる」と思うから。クリティカルな声を。それが電話口で決まると、「いやーー俺は間違ってない」と密かに思うぞw その割には成功しない恋愛ばっかりだから、もっと外側の時点で間違っている気がする今日この頃。多分、この文章を読んでる皆さんは分ってるんだろうなぁ、、けど、私自身は分ってません、ハイ


という事で、有用な応用例になったかなぁ、なんか失敗例のような気もするぞ。 まっけど、かなり使えるよ。Coolなお兄さんが保証します。3年だね、1年で達成しようとするのは間違ってます。そんなに世の中楽じゃありません。もちろん自分みたいに10年しろとは言いません。最初はあくまで受動的だったけど、「思い浮かぶ曲」と「思い浮かべない曲」の二種類あるのが、悔しかったのかなぁ、、、意識的にやり始めたのは、3年前くらいなんで。
  
5.優しい声になるにはどうするか?
言えるちゃ-いえるけど、怒られるからパス  
   
6.自分のアルバムの聴くStep
[2002/12]

昔からアルバム内の数曲をアホみたいに繰り返してます。500回はざらです。こんな聴き方を過去の名作にやっていいのか良く分らない。って、これ以外は知らないからしょうがないっす。

もちろん毎度アルバムを通して聴く方が誠実だと思うけど、そんなに人間出来てません。けど、アーティストの想定する階段は見ようとしてます。やっぱり、アルバムには曲毎のStepがあると思うから。平坦なアルバムはやっぱり詰まらないもんね。って、どん底で苦しむような曲ばっかのアルバムはかなり好きだけど

よくよく考えると、「曲ってのは子供みたいなもんで、好き嫌いはないよ」っていうアーティストの気持ちも最近分ってきた。相手に近い段と自身に近い段の間に差はやっぱり無いかも。それぞれに価値があるのかも。そう思った事なんて今まで無いけど、ちょっとはマシになったかな? じゃあこのHPもVDとEtcにも差が無いのか。うーん、自分はちゃんと等価値と思ってるかなぁ、、、、やっぱり、まだまだですね。
  1. お気に入りの曲をみつける or 流しているうちに口ずさむ曲を発見
  2. その曲を軸にして、他の曲の距離感を図る
  3. 自分にとってのアルバムの階段を作る
  4. アーティストにとっての曲の位置付けを探す
  5. アーティストにとってのアルバムの階段を思う
  6. 一言で表現する為に言葉を探す
うーん、やっぱり自分はこんなステップです。だから貸してもアルバム単位での感想だと困っちゃう。合わないアルバムの中にも気に入る曲もあるし、合うアルバムの中にも気に入らない曲もあると思うから。そんな曲を教えてくれた方が、次ぎに貸すアルバムのイメージも沸くもんね。そりゃホントにいいアルバムは誰でも大方気に入るよ。けど、どの曲から気に入り始めたかって凄い大切な情報だと思う。それを繰り返せば、自分自身もアーティスト自身も浮かんでくると思うから。

って、もちろん難しいのは3から4へのステップだけどね。
これを判断する為に、他では「インタルードの位置」と言っているけど、それ以外にも「ジャケットの歌詞の後ろの写真」とか「アルバムタイトルに何を持ってきてるか」は結構重視します。例えば、有名なJoeの2nd"All that I am"だけど、超有名曲All the Thingsじゃないんだよね、タイトル曲が。こんな時は結構意識するなぁ。まあ、最後は直観だね。だからそんなに分ってません。ほんの少しの人に対して、その中のほんの少しのアルバムです。やっぱり人間的にウマ合わないと無理だね。

ただ、ホントに合うアーティストを見付けて、その感覚を大切にする事かな。そしたら、他のアーティストとの間で合ってるのか、合ってないのかが分ると思うから。まあ、1番いいのは「一言で表現する」って事だね。昔から、誰にも言われずにやってきたけど、あれは結構良かった。一言で表現できて、それが広がる言葉なら大丈夫。って頑張ってFavだけでなくLatelyでもやってるけど、もちろん苦し紛れは多いです いつも悩んでます。けど、言葉から浮かぶアーティストもある。そんな時は、志向性が合ったと思えるから嬉しいです。

もちろん、歌いっぷりも大きな判断材料です。その為には、ヘッドホンして息継ぎのタイミングまで聴く。って、「歌詞が全然出て来ないじゃん」と言われそうだが、出てきませんw すみません。歌詞まで見るのはよっぽど気に入った場合だけです。それはあの時期のR Kellyの分裂度数に付き合ってた身として当然だと言い切りたいなぁ。歌詞見てショックを受けるのはR&Bにハマったナイーブな少年の痛い原体験でしょう。


1番最初に自分が気に入った曲が、アーティストに1番近い曲だと、めちゃくちゃ嬉しくなるね。ジャングルの樹海をパスして、イキナリ奥地の遺跡に降りたったような気がするから。アーティストにどの曲が1番近いかは、議論でしょう。もちろん最終的にはアーティストが決めるし、アーティストは言わないもんなぁ。けど、その点に関しては議論の余地があると思うから。「自分が気に入った」だけだったら、議論もくそも無いもんね。って、非生産的な意見のぶつけ合いとかじゃなくてさ。そんな議論をすると、1番自分の死角が出てくると思うから。

だから、ここら辺はHPを作ろうと思ってる方は考えてみてください。ホントに掴まえた表現が一つでもあれば、やってけると思うから。

個人的な達成感でいうとFavの中では、Whitneyは手抜きかな。Tyrese2とJaheimとDave HollisterとTommy Simsは言葉が浮かんだ時はめちゃくちゃ嬉しかった事を覚えてる。「これでもHPに来ない奴はほっといてOK」と思ったのは、振り返ってガキだったと思う。


コツといえば、「惚れ抜く」事かな。「アルバム内の合わない曲も通して聴くべきだ」って言われると息苦しくなっちゃうもん。それよりは「好きな曲だけ100回聴け」の方がいい。若い内は丸くなる必要ありません。何したって壁は生まれるし、そこで前を向いていれば、少しずつ角は取れます。じゃあ、好きなことぐらいはガンガンやろうってな気分かな。
   
「文章に出来るのは30%」とは良く言うけど、確かにこれは実感です。それを、50%にまでする為に、このコーナーを作ってみました。これ以上は上手く言えないし、300%個人的なこともあるしね。




[Weekly Comment 2005/11]

ウォームビズのために御殿場アウトレットモールに行ったら、BOSEの店があるじゃないですか。個人的には、音の良し悪しに拘ってない。あまり近所迷惑な音量で聴くのもと思っているし、中学時代から愛用しているCDラジカセを捨てれないのもある。車のスピーカは変えたいけど、そこに金を使う位ならCD買うタイプ。だからR&B-Timeといいつつも実はヘッドフォンもSonyの一番初期のネックバンドタイプ。あんまり重いのは嫌いなんだよね。こちらも持ってるけど、そんなに音に違いを感じなかった。耳掛けタイプも耳に重いから使わないしさ。ネックバンド好きなのはファッション性重視よりも、頭に重しがあるとイヤなんで・・・ということで、ヘッドフォンにさえ音軽視な今までだったのですが。

けど、このBOSEのヘッドフォンは感動した。この軽さでこの音は凄いと思う。試聴機のCDがクラシックだったので、ちゃんとR&Bで聴きたくなった。店員さんが「他のジャンルもありますよ」って言うから頼んだら、CaseのOpen Letterだった。それもかなりナイス。2万は二の足踏むが、社会人だからねぇ。そこに置いてあったPC用スピーカにもかなり惹かれた・・・こうやってなし崩しにお金を使う気がしてきた(汗

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と、ここまで書いて、深呼吸。
衝動買いは良くない。初めてエスカレータ見た北京原人じゃないんだからw、もうちょっと情報を集めないと。で、価格.comで調べたら、色々意見載ってるなぁ。アンチ・ブランド主義なのでBOSE製品の意見は面白かったけど、あの装着感と軽さは感動したからなぁ。うーん、迷う。

じゃあ、まず判断基準を確立せねば。
とりあえず大事なのが携帯性かな。R&B-Timeに携帯性もクソもないけど、重いの嫌い。最近は一番聴けるのが出張中の新幹線の中だから、かさ張ると書類とか入らなくて困る。インナーイヤー型は耳が痛くなるから嫌い。音質のあれこれは分らないからパス。とういうことで、候補はK24P,K26PATH-A900かTriPortか。じゃあ、それぞれ試聴して決めるか。Open Letterを持ってきた店員さんには「センスあるねぇ、今日お金持ってないから、今度買うよ」と言ったけど、まあしょうがないw 皆さんも何かご意見ありましたら、ぜひ教えてください。

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じゃあ、いつものように?Give&Takeで。
ずっと気にしてなかったのは、ヘッドフォンよりも《他の感覚の遮断》の方が大事だから。R&B-Timeも寝る直前の電気を消した部屋だしさ。最近は新幹線の中でも出来るようになったけど。いくら音が良くても、重いヘッドフォンはそこに意識が行くから嫌いなんだよね。本当の事を言うと。

あと、集中するポイントかな。細かい作業をする時は指先に意識を集中するように、物事には全て意識の集中ポイントがあると思う。もちろん鍛えればテニスプレイヤーがラケットの面に集中させるように脱体が出来るんだけど。考え事をする時は間違いなく松果体。脳関係の本を乱読した結果としても、個人的体験としても松果体です。手塚治虫の「三つ目がとおる」もここが目らしいしね。やっぱり松果体は内面の眼という位置づけだと思う。以前に眉間の皺について、そこでDeep度を測ると言ったけど、個人的には縦皺は出ません。松果体の部分(おでこの真ん中)が陥没する感じかな。これが鍛えた結果なのかどうかが分らんが、これしか出来ないし、出ない。

で、R&B-Timeで音楽を聴く時なんだけど、実は耳でも松果体でもないんだよなぁ。頭の真ん中の気がするけど、あんまり何処かに意識的に集中しようとしてない。一番気にしてるのは、以前も書いたけど、「息継ぎ」「シャウトの残響音」かな。息継ぎする瞬間の表情が、意志の全てを物語ると思ってる。声を出してる最中は本人の感情の方が強い。本HPが狙うのは嵐のような感情の奥だから、単純に声をみてない。シャウト自体も当然気にしてるけど、その叫びが受け入れられたかどうかは残響音をみないと。って、エコーとかじゃなくて、空間に拒絶されたかどうか。そんなのどう見るかって、言われても困るけど・・・シャウトがを終わった後の無音になるまで残響音の残り方はエコーじゃなくて、シャウトの正統性に属する話だと思う

とか書いてると、変人なのはいいけど、ちゃんとしたヘッドフォンを使ったら出来なくなる気もしてきた。うーん。。。

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