Sade
"Stronger than pride"
彼女のprideの形
[2004/07]

去年sadeをUPした時、本作を取り上げることが出来なかった。本作だけは《横たわる時の長さ》と《風化させない痛み》とは違うから。タイトル通りの直球ストレート。タイトル曲を1曲目に持ってくる程の意志。このアルバムは1曲目のlove is stronger than prideをどれだけ深く聴けるかで決まるし、一年前の自分ではそれが無理だった。

2:Paradiseは処女作のUPに近い曲で結構聴きやすい。3:nothing can come between usもそう。恋愛の喜びを正面から切り取ってる。喜びに満ちたはしゃいだ声の表情なんて、一般的なsadeのイメージとは合わない気もするのにね。処女作の頃に無かった喜びの色に、追っかけるほど彼女の本気が見えてくる。nothing can come between usの方が意志が入ってるのは当然か。

けど、個人的には4:Haunt Meを推したい。満たされている女性の一瞬の不安が前面に出た曲で、これこそが本気度を正確に伝えると思うから。そんな意味では、個人的にはこういう反応を一番重視してるかも。怒ったり拗ねたりして、どれだけ不安の色が浮かぶか。 女性陣からツッコミ入りそうだけど、世の中の男の半分はやってると思うな(ホントか? もちろん相手も怒ったら喧嘩直行だから滅多に出来ないんだけど。ただ、逆の立場になって「不安」を出す男もいないと思う。だから、女性特有の反応だと思うし、曲としても珍しいと感じる。女性歌手の一生のうちで、一曲ぐらいしかないんじゃないかな。そもそも今の恋愛に満たされていることが大前提だから、余計にR&Bには少ない気もするや。

ホントの事を言うと、sadeの喜びは7:Clean Heartでこそ全開になっている。ここでClean Heartという単語をぶつけれるのが、彼女の今までの歩みのブレの無さを見せつけてる。女性からこれを出された男性は涙モノでしょう。彼女の抱える愛の度合いは2,3よりも確実に上じゃないかな。

9:I never thought I'd see the dayは4作目love deluxeに連なる曲。「このタイトルのthe dayはどんな日なんだろう・・・」とよく感じてた。 終わりの日じゃないと思うんだよね。このアルバムには、運命の相手と付き合ってる期間のみが収められていると捉える方がいい。けど、この曲だけは完全なる悲しみ。だから、この先 絶対にやり直せない地点まで行った日だと思う。see the dayの"see"という単語が凄く気になる。もし終わりの日ならseeは使えないよ。

今日という日から、終わりの日までの、一直線を見つめてる
そんなsee:視線が浮かんでくる曲で、これだけsadeが叫ぶほどにその期間が長く辛いんだろう。



そんな彼女の本作だけど、やっぱりLove is stronger than prideが一番です。こうやって外堀を全て埋めて、やっと本丸を聴き込む。この時点で、この歌の核はstronger thanの方じゃなく、prideにあると感じた。


この曲の価値は、彼女のprideの価値にある
prideという言葉ほど、重さが変わる言葉も無いと思う。アホが言えばとことんアホだらけになるのにね。価値高い人が言えば、これだけ価値のある言葉も無い。デビュー当初から確固たる自画像を持ち、何十年と変わらずに歌い売れ続け、幾多のフォロワーを生み出した。そんな彼女のprideはどうやって生まれたのだろう・・・・って、この曲を聴き込みながらよく思ってた。

中学時代とかに輝いてた娘ほど、二十歳の壁が越せない。自分が一番感じるのはtamiaかな。生まれつきとも言えるほどの魅力ながらも、2作目3作目と下がってく。結局、彼女はsadeのレベルにはなれなかった。その分岐点がprideであり、それを掴まえに行く自覚なのかもしれない。sadeだけは幼い頃から今の今までずっと輝いていたのだろう。

この曲を聴く度に、幼い頃のsadeは恋愛にどんな夢を持っていたのだろう・・・って思う。あまり恋愛に夢を見てない少女の気がするや。本作を届けるまでの彼女に真の恋愛曲は一曲もない。そして、本作ほど恋愛にストレートなアルバムも珍しいのだから。


最近、よくダーウィンの「一番強い種は一番変化に対応できる種だ」(細部に自信ないです)の深さを思う。人間の魅力もそうなんじゃないかな。「一番魅力的な人は、自分らしさを失わずに一番変化に対応できる人だ」 自分の全てを変えれる人は、悪くて欺瞞、良くて芯が無い。たとえ、どれだけのモノを持っているにせよ、自分を変えていけない人は、悪くて自殺、良くて意固地だと思う。僕がこう思うようになったのは、社会人になって3年目だからかな。

どんなモノであっても、永遠に価値のあることは無い。人の中にあることで、永遠なものは無い。だから、どんなに価値のあるPrideであっても、いつかそれを変えていかなくちゃいけない場面に遭遇するのだと。きっと、sadeのprideはこのアルバムで歌われている運命の男性に出会った時に、その状態になったんじゃないかな。
そして、このアルバムを届けたということは、

彼女の幼少時代にprideを作り上げながらも、その時からstronger thanの深みを埋め込んでいた
これこそが彼女のprideの形だと思う。夢見てたとのはちょっと違う。幼少時代のsadeは「どんなに価値高いことであっても、それを変えていかなくちゃいけない事が起こる」と分かっていたのだろう。もっと分りやすく言えば、「今は恋愛を横に置いておいて歌手の道を目指す。けど、本気で惚れた人に出会った時は、躊躇無く歌を捨てる」と。だから周囲がびっくりするような決断ながらも、「やっぱり今回の決断って、彼女らしいよね」って言われ続けたんじゃないかな。そんな選択の積み重ねのみが、一生輝く人を作るのだろう。


sadeには誇りを超えていける誇りがあって、誇りを捨ていける誇りがある

だからprideという言葉はもっと突き詰めれると思う。彼女がstronger than prideで捨て去ったもの、それは「面子」じゃないかな。prideのいい面が「誇り」であって、悪い面が「面子」 

「そう言うけど、貴方が一番好きなのは、貴方の面子でしょ」と感じた事のある女性は多いのかな。けど、周囲見てても、「あの娘は面子が一番だからなぁ」と感じたことはあった。「そう言うけど、ママの一番はママの面子ジャン」と感じたことのある子供も多いだろうしさ。そんな意味では、本人は誇りを保ち続けているつもりでも、実際は面子にしがみついているだけって事は、老若男女の区別なく多いと思う。だからこそ、Love is stronger than prideになるのだと。
  

Sadeは書き切ったと思ったのに、その結論は「愛は面子を越える」で、誰でも知ってることだった。マクナイトの時もそうだったんだよなぁ。「優しさと親切の違いは、恋愛が終わった直後に突き詰めると分かる」と伝える処女作に導かれ、その結論が「愛や優しさは相手が認定する行為」だったから。当然の常識に戻ってきた。
突き詰めることで、誰もが知らない地点に行くこともあれば、誰もが知ってる地点に行くこともある。なんか不思議な気持ち・・・。

ただ、これはR&BでもTOPクラスだから、これを基準にしちゃうと、該当する男性はいなくなってしまう気もする。だから結局は、樹木を見るので無くて、芽を見る必要があると思う。 《略》そんななんなで、これらのアルバムはかなりの安心感を与えてくれる樹木だけど、出来れば「彼らの子供時代を想像できるレベル」まで聴き込んで欲しいです。
の例にはなったかな?

本当にいい作品を聴くと、貫通している人生の過去も未来も感じれる時がある。

その感性と視線こそが僕がR&B-Soulを通じて一生かけて追い求めているものであって、Sadeについては2000年のゼロ地点から、やっとここまで来れた。


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