Mary J. Blige
"love & life"
変わらぬ《素直さ》
[2003/08/31]

日本盤が黄色になったのはファンへのメッセージなのかな。それだけ今の幸せさを伝えたいのだろう。それはアルバムタイトルがlove & lifeと知った時から感じてた。けど、さすがにそろそろ駄作かも、、、って思ってたんだよね。特にパフィーが監修すると聞いて、あんまり期待してなかった。だけどやっぱり女王は偉大です。今回もしっかりした作品を作ってきた。何処にも落ち度を感じない。けど巷で言われるように「明るい今」にフォーカスした作品だとは思えなかった。やっぱり、この人はとことん素直です。何よりもそれを選べる強さに満ちている。

中ジャケのLifeと名づけられたヘビーな写真の数々
「私は思っていることそのまま歌うだけだから」という言葉通りだと思う。今までの全てを横において、「全編=今私はHappyなのよ」ってなアルバムだったらパスだなぁ・・・と思ってた。そんなこちらの杞憂を吹き飛ばす。やっぱりMaryJ.はそんなにちっぽけじゃないです。いつもあっさり想像以上をもってくる。もちろんハッピーな曲もあるう。特に感じるのは9:Wiling & Watingかな。80年代ダンスミュージックのような幕開けから、光輝く明るいメロディーと声。これだけ光り輝くWaitingって言葉は初めて聴いた。2作目My Lifeに出てくるWaitingという言葉と正反対過ぎて怖いくらい。前作のFamily Afairよりもこちらのノリの方がスキだなぁ。って、フィアンセとの初対面をつづった8: Love @ 1st Sightとかは分かりません。そもそも元歌のHotSexに合わなかったんだからどうしようもない・・・ そんな意味では、オレッちには苦手な曲もちらほらあってコメントできないところも多いのだが。

10:FreeとかDeepなんだよねぇ。何よりも2:Don't Goが響く。17:Special Part Of Meもそう。この曲が一番深いと思う。そんな意味では自分の中ではDon't Go Babyという台詞で始まって、Don't let go of meという台詞で終わるアルバムなんだよネ。今回もパフィーと組んだ事。その理由についてノーツの中で色んなコメントが載ってる。そのどれもに納得する。けど、このアルバムの構成と、17のぶっ飛び具合を聴いてると違う事が浮かんできた。

My Life当時の底まで降りて行って、そこでDon't Goと叫ぶこと
これこそがMaryJ.のしたかった事じゃないのかな? 2曲目の最後の方でのI Need Youとスクリームする場面もそう。どこにも明るさはない。今のMaryJ.の立場からいうと「やりすぎ」と言っていいレベル。普通の男なら背負い切れないで逃げ出すぞ。だけど、MaryJ.が本当に幸せになろうと思ったら、これこそが必要だと思うんだよね。あのどん底まで降りて行って、そこで「いかないで」って叫べないと、やっぱり上手く行かないと思うから。この曲を聴いて、@ああ本当にスキなんだなぁ、、、って感じたよ。

「体当たりな生きざま」とは以前に書いたけど、別にMaryJ.はそう生きようとは思ってないだろう。「強い」とも書いたけど、別に強くあろうとも思ってないと思う。このアルバムを、特に17,18を連続リピートしながら、やっと自分は、MaryJ.は《素直》なだけなんだ・・・って感じた。だけれども、


こんな男に「スキと」言う位なら死んだほうがマシ
そんな相手に対して「スキ」という、それがMaryJ.の素直さだと思う。だから、これを素直といっていいのかよく分からない。ただ、普通は無理だと思うな。少し自分から動いてみて「あいつは女心が分かってない」で幕を引くと思うから。けど、それってやっぱりおかしいと思うな。自分自身の魅力の無さを見詰めてないよ。「スキ」と言ったらそれと向き合わなくちゃいけなくなる。そしてどん底まで自分自身の何も無さを痛感させられる。それが分かってるから、言えない。けどMaryJ.は言うんだよね。だからこそ、ここまで伸びてきた。そりゃそうだよなぁ。今に逃げて明日は無い。けどやっぱり、これを素直さと言ってイイのだろうか・・・普通は正面から向き合えない。だから受け入れれるのは人生の終わり頃。それが当然なのに・・・

何よりも18:Ultimate Relationship(A.M.)の純度の高さ。信じられないレベルです。日本語盤についてきた19,20とは格が違う。これなら18曲目で締めた方がよっぽどマシ。そうすれば、この曲がもつ静寂感がアルバム全体を包み込むのだから。いつでもオマケの曲をつければいいと思う発想はアーティストを冒涜してると思うのだが・・・。こんな小言を言ってしまうくらいに凄い。何よりも、この場所こそがMaryJ.がたどり着いた極地だと思う。

《神》と《男性の真の愛》を両方とも召喚してる
これでこそSoulの女王だよ。まさしく前人未踏の地平線。色なんか入る余地が無いレベル。この1曲をもって、このアルバムを最高傑作と断言できるかも、、、MyLife当時のどん底の真逆だよ、これは。今まではMaryJ.の生きざまこそが道しるべになっていた。けど、Soulの女王という称号よりもこの曲の静寂感の方が凄いと思う。そして、この極地こそが今後の道しるべになるのだろう。「自身の無意味さと無価値さを痛感させられる」場所を受け入れ、そこから歩いた果ては、ここに辿りつくのか・・・ My Lifeにも色は無かった。暗闇の世界だから。逆に、この場所にも色は無い。同じ位に怖いかも・・・


どれだけ空を見詰めた事があるか?については、夕焼けと朝焼けの違いを見分けれるか?で測れる気がする。朝6時と歌うMaryJ.は何度も夕焼けと朝焼けを見てきたのだろう。全体が染め上げられる夕方と違って、朝は光が割り込んでくると、、、自分は思う。そんな風景が浮かび上がってくる曲。《神》と《男性の真の愛》が彼女を包んで見守っているけれど、真実は逆だと思う。その両者を掴み取るだけの核が磁場となって引き寄せてる。

もちろんだけど、このアルバムを聞く前にMy Lifeを聴いてください。全ての恋愛は、この両作品の間に収まると思うから。それ位の作品です。

「私は貴方の事を好きだけど、貴方は女心がわかってない」 突き詰めればMyLifeはこれだけなんだよね。で、何よりも凄いのがこの割合。普通は0:10か1:9ぐらいで、相手を非難しまくりなのに、MaryJ.は真逆。9:1 聴き込むほどに10:0かもしれないと思う。ここまで来たら、確かに男の方はどん底です。


[2004/06]

MaryJ.のコンサートに行ってきました。人の多さにまずびっくり。自分より若い人が多いのにもびっくり。「この中で、一体何名が本HPにきてるんだろう・・・」と反省してしまう位だった。コンサートの最初は処女作のUPで、MaryJ.もバリバリ踊ってた。さすがにキレはなくなっていたけど、皆もノってたしね。なのに中盤からどんどん曲はDEEPになってきた。MaryJ.のコンサートっていつもあんなのなの?それとも今回がLove&Lifeツアーだから? 完全マリアナ海溝状態。殆ど誰もついて行けてない。けど、オレッちは「きたーーー吼えるぜBe with you」状態だった。あのどん底感覚は今から振り返ると不思議と懐かしい感覚で・・・。あの頃はMaryJ.に側に来てもらったけど、コンサートじゃこちらの奥底から引っ張り出される。

一つだけ分かった事がある。
Soulが引っ張り出されたら、人は勝手に涙が流れる。辛いとか、苦しいとか、そんな感覚じゃない。ただ全部持ってかれる。それぐらいに凄かった。確かに間違いなくSoulの女王。近くで誰かが「一人で歌ってるよ」と文句言ってるのが聞こえたが、そう言いたくなる気持ちは良く分かる。本HPの「重なる二つのNever」を読めない人がついていける訳がないよ、あの世界は。

で、最後はもちろんA.M.で閉めてくれると思ってたので、激ショック。あんだけついていけない人の割合が多かったら当然かも。けどさ、MaryJ.からA.M.まで引っ張り出してこそのファンだろ。もっとマリアナ海溝まで行ける人を厳選して、MaryJ.から全てを引っ張りだせるようなコンサートが欲しい。そしたらMaryJ.の核である、
「私に魅力が無いから、貴方が浮気して、、、ごめんね」までが出てくるだろう。それは生きてる間に見てみたかったりもする。きっと、あのDEEPな曲に置いてかれた人は「こんな曲は一生聴かないでおこう」と思ったんじゃないかな。そこまで分かってもMaryはあそこまで叫ぶのか。My Lifeの頃と違い、やはりMaryJ.はマリアナ海溝を自由に出入りできる。それ位の女性になってるや。コサックダンスをベースにしたのか、俯き、ひざを抱えるように曲げ、踵で地を踏み鳴らしてた。そんなダンスは別格だった。今まで、ジャネットのI Get LonelyがMAXだったが、あれは100倍は上だろう。


もうちょっとイイ面も書かないとネ!
どん底にも一つだけイイ面がある
(実はもっとあるのかも知れないけど、今の自分には分からない)
それは、エゴがゼロになること。そして、
「エゴがゼロになったら、Soulは自然に浮かび上がる」
Syleenaは傑作の処女作の冒頭で
God sent her the challenge that would change her lifeと言っていたけど、どん底まで行くのから逃げないことが試練なのであって、そこを越せばSoulは自然と浮かび上がると思う。それを神と名づけるなら、そうかもネ。って、もちろんエゴはゼロにはならない。けど、どん底で事実の全てを受け入れた瞬間だけはゼロになるとは、思う。

浮かび上がってもMaryはあくまで3作目なんだよね。I can love you だったり、not gon' cryだったり、natural womanだったり。そんな姿が一番好きだったりする。4作目のMaryは「高み」だけど、その手前のshare my worldの方が等身大の親しみがあるとはよく思う。

さすがにコンサートであんだけ人が多いと「俺にもクラブでMaryJ.にノッてる選択肢もあったのかなぁ」って思ってた。けど、Deepな曲が来たら、「やっぱり俺はここが好きなんだなぁ」ってDeepノリノリだったりする。なんで好きなのかよく分からない。けど、今の自分のエゴが嫌いなんだと思う。無くそうと努力しても殆ど変わらない日常なのに、MaryJ.はあっさりゼロにして、あっさり引っ張り上げる。その乱暴さをみて「今、目の前にSoulの女王がいる」って痛感してた。

恵まれた民族ランキングTOPじゃないかっていううちらに対して何箇所でもコンサート。伝わる相手が殆どいないって知ってるのに全開にしてた。その姿は印象的だったなぁ。

って、ホントは「コンサートを見て、もっとDEEPな曲を聴く気になった」って言う人も沢山いると思う。そんな人達にどれだけ役にたってるのか分からない。今週のUPみたいな事やってると全然駄目な気がしてくる。 あまりにあっぴろけだから書く気が無かった今までだったけど、MaryJ.の二作目の対となる男の歌があると思う。あのMaryJ.を見てて、それをやっとUPする心境になりました。



《色》の無い完全な世界
[2004/08/13]

アルバムコーナに点数をUPしようと思って、やっぱり辞めた。このアルバムは点数どうこうの世界じゃない。今までのMaryJ.のアルバムもそうだったが、本作は特にそう。17:Special Part Of Me(A.M.)に緑色をつける事は出来ないよ。色の無い世界を完全に切り取った曲にそんなふざけた真似はできない。だから、ここに書くことにした。


昔、といっても二十歳の頃かな? よく完全な希望について考えていた。完全な希望がもたらす完全な光について。
「光の一部を物体が吸収することで、残ったスペクトルが物体の色となる」それは中学の理科で習うのかな? 白色は全てを跳ね返し、黒色は全てを吸収すると。じゃあ、完全な光はどうなるのだろう? それはもちろん何にも吸収されないに違いない。そしたら、完全な光に照らされた全ての物が色を無くすのだろう

逆に自ら発光する物体を考える。無生物の世界において、自ら発光する物体はあるのだろうか?もちろん電圧をかけたりすることで発光する物体は一部ある。全ての物質が自ら発光するのは、燃える時だけな気がする。燃える時に発光しない物体って皆も聞いた事ないよね。太陽は燃えている。いつか燃え尽きるらしい。それは後何百億年後の話だったけな。
生物の中には自ら発光する生き物がいる。蛍とかホタルイカとか。けど、人間は出来ない。どんな宗教のどんな神様も後光があるらしい。神様は自ら発光するのだろう。人間は自ら発光できないからこそ、最高の誉め言葉が「輝いている」になるのかも、、って思う。

My Lifeを聴きこんでいた2000年ごろ、よく真っ暗闇の風呂に入ってた。それまでは怖くて出来なかったのにね。あのアルバムを聴いていたら自然とそうなった。だからこそ、 の世の闇は弱さから生まれる。光りが無いというだけでは闇とは言わない。「1歩でも逃げようとした瞬間に闇に切り替わり、自身を引きずり込む無数の手が伸びてくる」ギリギリの空間に浸れれば、この言葉を実感できるよと書ける地点までこれた。

どんな場所に行っても、見せかけの希望はある。それは、、、あるのでなく、弱い自分の心が勝手に作るのかもしれない。「K-ciとやり直す可能性がある」もそう。見せかけの希望でしかない。そんな見せかけの光にしがみつき、地面が割れ、もっと落ちるのだろう。その二度目は、やっぱり本人の責任になるのかも・・・。だからこそ、そこで逃げようとしなければ、今後の人生で絶対に割れない自分のベースが出来ると、あのアルバムは伝えていたから。


希望と絶望は極限では同じになると思っている。そして、あの時、「この場所に希望の方から来たくないな」って純粋に思った。それは、「この先の人生でこれ以上素晴らしいことはやってこない」と認めることになるし、それを認めきった後で生きていくのは辛いと思ったから。


完全なる希望で逃げない方が偉大だ
まさかそれを感じさせる曲に出会うとは思わなかった。嬉しいとかそういう感情じゃない。MaryJ.の核の力が心底怖くなったというのが、一番素直な感想かな。今まで完全なる絶望を潜り抜けてきたからこそ、彼女は完全なる希望を掴まえる資格がある。でも、普通は辞退してしまう話だと思っていたから。それを掴まえ、そして曲として生み出したのは、想像を完全に超えている。こんなのMaryJ.以外の誰も出来ないよ。これこそがSoulの女王なのだろう。

MaryJ.の魅力には色々とあるけれど、「言葉を弄ばない」をあげたい。何故って女を弄ぶ男ほど、言葉を弄ぶと思うから。全く、女性も自身の心が感じた事に素直に向き合えばいいのにね。なのに、相手の言葉を信じようとしちゃうからどん底に行くのだと思う。K-ciの事は結構好き。その理由の一番は、彼は女遊びをしても、言葉を弄ばなかったと思うから。全員に「お前が一番だ」とか言うから悲惨なことになるのであって、一人以外に「今晩はお前と一緒にいたいんだ」って言うくらいなら、セーフじゃないかと思っている(とかいうと女性陣から怒られちゃうかな? 

MaryJ.は大げさな言葉は使わないからこそ、このUltimateと曲名に選んだ深さを思う。確かに彼女が切り取った世界は恋愛の極地だよ。結局、両側ともMaryJ.が切り取った事になる。そして、その同一性を誰よりも感じているんじゃないかな。そんな風に感じてた一年前だったけど、あれから今日まで、本作を聴き込みながら色々と考えてきた。


そもそも色ってなんなんだろう? 「人生色々」って、「人生様々」どう違うのだろう? 様っていうと、どうしても格好、形を思い浮かべる。色っていうと、どうしても性質とかの発露って気がする。色って単語自体も、色合い、色気、色欲、といい意味も悪い意味にも使われる。それは、人間の色は、イイ面にも悪い面にも現れるからなのか? そもそも魂というのは色がついているのか?

完全な光と、それさえも吸収してしまう弱い人間がいる
結局、このUltimate Relationshipを聴きこんで見えてきたのが、この言葉。だから、人生は色々あるのだと。けど、どんな事が生じても、自分自身が逃げなければ、原初の光が見えてくる。絶望側から来るのも、希望側から来るのも大して関係ない話だ。そう思っているMaryJ.がいることだけは、なんとなく伝わってきた。それ以上は、僕は分からない。


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