Brian Mcknight
未練切り
[2002/02]

このアルバム、そして彼の志向性を一言で表現すれば「未練切り(みれんぎり)」だと思います。
やってる事は乱暴だけど、それで誰かが被害を受けてる訳じゃない。唯一マクナイトのこのスタンスに悲しみを覚える人がいるとしたら、1ヶ月後に見かけた元彼女くらいだと。

「え、私のこと、もう過去になってるの?」
と流石にショックを受けるとは思う。こんなの見せられた日には付き合ってた日々さえ信じられなくなると思うけど、あくまでも誠実で、あくまでも乱暴なんだよね。何よりも相手の悪い点を無理やり並べて終らせてる訳じゃないから、何処から見てもマクナイトは間違っては無いのだが・・・。

「半年後に再び声をかけたらヨリが戻るかも知れないっていうのに」ってのも一部の意見だろうに。けど、「再びやり直せる可能性があるなら、別れなくていい」ってのがマクナイトのスタンスだもんなぁ。
つかず離れず、戻れず諦めれずのカップルが1番周囲に害を与えるってのは、この世のコンセンサスでしょう。
それが美男美女だったら、1番性質が悪いから。そんな意味では一期一会な恋愛観のマクナイトのスタンスの方がよっぽど良いのだけど。

Yoursから始まって、Stay the Nightまでの見事過ぎるStepを見せられるとビタ1文の文句さえ無い。これだけ誠実で乱暴な未練切りは他のアーティストでは無いと思う。それより前でも無かったと思う。自分自身で浮気しておいて未練がましいのがR&Bの特徴なのに、独り隔絶した事をやっているのがマクナイトなんだよなぁ、ホント。


1曲目:Yours
"I want to be yours"という台詞は人生の一瞬でしか言えない。この台詞を言う瞬間から、恋愛は終りに向けての歯車がかみ合うのだと。「僕は君のものになりたい」という言葉は、終りの予感を、心が何よりも先に感じる事から生まれる叫びなのだと。そんな意味では最高の始まりです。

2曲目:The Way Love Goes
客観を突き詰めた視線と感情を突き詰めた叫びの交錯。普通なら"Why"に流れる気持をIs this the way love goesと持って行くのがマクナイト。恋愛をYes Noの世界に還元してる。だからWhyと違ってこのフレーズ自体に共有性が全く無い。自身が好きかどうかや、相手が好きかどうかや、こんなにも好きな気持は何故?とか、そんな世界とは正反対だもんね。「この恋愛に意味があるかどうかが大事であって、俺はI want to be Yoursと叫んでも無理なら、意味は無い。なら答えはNoだ」と乱暴に言い切るマクナイト。これでこそ未練切り。

3曲目:Goodbye My Love
この台詞の時点で乱暴なんだよね。「恋愛ってグッバイするもんなんだ」とカルチャーショックを受けてはいけません。この世の一部の人にとって、恋愛はグッバイするものです。そして困った事に、この3曲がMiddleだから10年経った今聴くと、バックの音がさすがにチープになってる。けど、このアルバムの入口はこの3曲に完全に浸れるかどうかで決まります。だから、あくまでバックの音を気にせず声だけを追っかけないと。

4曲目:Love Me,Hold Me
この曲がここに位置するのを「Reason」と受けとめるか、「その前にGoodbyeって言ってるのに・・・」と受けとめるかで、理解度が分ります(笑  このLove Me, Hold Meがこの位置にあるのは本気で大事です。普通はGoodbyeと言う前にLove Me, Hold Meが来るから、引きずって終れない。大事なのは全てを抑える意志。Goodbyeが決まった後に、独りゆっくり夜中に思い出す。言ってみれば体の記憶の焙り出し。トコトンやりますマクナイト。これをしないと次ぎの相手と触れ合う時に悲惨になるから、純粋に義務ですね。これが体の乱暴さか、次ぎへの誠実さかは3曲目でのGoodbyeで決まります。

5曲目:After the Love
やっと終り。一息つけます。曲でも一息ついてます。この4連チャンの順序を間違えたら「未練切り」も糞もありません。これをマクナイトは1日でやっていそうな気がして怖いなぁ。この時点でやっと友達連中に「終ったよ」って言えると思う。このタイミングも大事。その前に言ったら駄目。他人に言って回る奴ほど何も出来ません。意志ってものは独りで生むものです。

6曲目:One Last Cry
やっぱりこれが無いと本気で好きだった事にならないでしょう。例え男だろうが泣きたい時は独りで泣きましょう。レイドバックした黄色調の空気と白い壁の建物で黒いピアノを弾くマクナイト。何度見たか分らないほど見たビデオクリップ。中学の頃に見て純粋に惹かれた。やっぱりそれだけの親和性があったんだね。ここまでのStepを踏まないでこの曲だけ聴いても、「振られて泣いてるのか」と思っちゃうだろうなぁ。

7曲目:Never Felt This Way
これが純粋に欲しかった。さすがマクナイト。最高です。One Last Cryの後にNever Felt This Wayが来る感激。泣いて終っちゃ男じゃないです。6曲目までは過去の為。ここからは未来の為です。恋愛が終わった後に「こんなに人を愛する事は二度とない」と絶望する人もいますが、それは後ろ向きのNeverです。Neverが生む未来への志向。この点が1番大事です。Neverは過去の認識から未来への俯瞰です。空に舞い上がるマクナイト。

8曲目:I Couldn't Say
"I Couldn't say i love you tomorrow,,,We'd be makin' a big Mistake"だもんなぁ。確かに正しいのだが、滅茶苦茶です。Never Felt This Wayと言っているのに、ヨリを戻すのはMistakeだから。この瞬間に過去と未来の全ての扉が閉じます。二人は永遠にGoodbyeです。

9曲目:Stay the Night
ぶっ飛びすぎてて、ホントに大変だけど、歌詞では色々言ってるけど、この曲から受ける感覚はMistakeでないStay the Nightなんだよね。すなわち現実では何も生じてない。精神的なStay the Nightだと思う。I Couldn't Sayで終らずに、Stay the Nightに行くのは大好きな理由。そりゃねーI Couldn't Sayで終ったらヤナ奴じゃん。

10曲目:Is the Feeling Gone
昔はここからJazzぽっくなるので飛ばしてました。今になっても、この曲が9曲目までの延長線上にあるのかどうかが、良く分ってない。けど未練切りは9曲目で完全に完成だから。1ヶ月後に相手に再会した場面を歌っていると思います。

(11曲目:Love Is)
初盤以降ではここにビバリーヒルズ高校白書で使用され全米No1となった"Love Is"が追加収録されています。ここからも、10曲目までが未練切りという事が判明してます。今から買うならこっちの盤をお勧め。


11曲目:I Can't Go For That
ここからは別でしょう。これは普通のフェーズの曲。

12曲目:Oh Lord
Lordの曲として浸れる。この曲でのマクナイトのファルセットは必調。Lordを歌ってるから純粋にここだけ聴いてもOKだと思う。

13曲目:My Prayer
息子に捧げた曲。お兄様との見事なア・カペラで始まって、途中でがらっと変わる。この曲だけ切り出して聴くのも12曲目と同様にアリだと思う。


という事で、これが未練切りです。ホントに見事。切り口に顔が映り込む位に迷いが無い。
後10年はここまで出来るアーティストは生まれないんじゃかと思う位の見事さ。

以前にアルバムコーナーに書いた時は、まだ至らない面があったけど、やっとこれで大丈夫かな。どれだけ体感的に分っていても、中心となる言葉が生まれないと、ホントのレビューはできないと実感した。「キツク言えば切るという感覚」と書いているからもう1歩だったのにね。突き詰めが足らなかった。
確かにやってる事はぶっとんでるし、かつ完璧なのだが、だからこそ殆ど共有性が無いんだよね。
恋愛なんて気を抜けばそのうち惰性になる気もするし、「独りでいるよりはマシか」って思った時点で、そちらに転がって行く気もするんだよなぁ。マクナイトはそれ位なら独りで音楽聴いてるか読書でもしてる方がマシだと思ってるだろうし、そこら辺の感覚はよく分る。

そんな意味では、色々ぶっとんでるけど、結局の所は、ここまでしなくちゃいけない理由がYoursだと思う。冷静に考えると、"I want to be yours"はこの世で言っちゃいけない種類の台詞だから。これ位なら、まだ「一生愛しつづける」の方がマシ。人間は誰かのものにはならないし、なっちゃ困るよ。仮に100歩譲って、なれたとしても、こんなのは本人にも相手にも何の好影響も与えない。

けど人生の一瞬だけなら、この台詞が出てしまうのもアリだと思う。そして、この台詞を言ってしまった以上、Stay the Nightまでは当然だとも思うし、ここまで来ないと、結局は嘘だと思うから。その意味においては、このアルバムは普遍性が限りなくあると思ってます。「合わない」だけで済ませるのが、人生の損失となる程の輝きだと。

このアルバムから"Love Me Hold Me"、"Never Felt This Way"、"I Couldn't Say" "Stay the Night"を削れば、「やりたい事は分る」アルバムになるとは思う。けど、そのアルバムに惹かれるか?と言われると、うーん、そこそこという気分。5年に1作のレベルだと思う。このアルバムのポイントはあくまでもNever Felt This Wayからの3連曲。これが無くてOne Last Cryで締めても、Cryで締めてんだから、向こうからやり直したいって言われた日には心は動揺するでしょう。そして結局Lastという言葉が嘘になると思うから。

元彼女が1番ショックを受けるのは「やり直したい」と言っても通じない世界になってる事であって、「過去になる」ってのは「時間が経過した」とは全く別の概念です。
「スキーと奇跡のコラボレーション〜」

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この結論にたどり着くまでに書いた特集です。

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「顔が階段だからなぁ」  この結論にたどり着く直前に書いたコーナー


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